項羽と劉邦【書評】

項羽と劉邦(上)(新潮文庫) Kindle版
中、下巻へのリンクはページ下部に設置

ひとことでいうなら、人間の不思議さがつまった小説といえようか。

学校でならう歴史のなかでは戦国時代がいちばん好きだった-という方であれば、本書もまちがいなく気に入るはず。こむずかしい歴史書ではなく、就寝前などに別世界をのぞきこんでワクワクしたいという方にもおすすめ。
ねっころがりながら、Kindle Paperwhiteで読むと一層ものがたりの世界にひきこまれやすくなる。

本書はタイトルどおり漢の高祖・劉邦とそのライバル項羽とが活躍した時代の歴史物語。
史実のストーリー自体が文句なしにおもしろいうえ、司馬遼太郎の想像力が冴えにさえわたっており、まるでタイムマシンでその時代をみてきたかのような臨場感もあじわえる。
さらに劉邦と項羽、および両陣営の幕僚だけでなく、たとえば劉邦の部屋の掃除係などの人間もえがくなど、おおくの人間のこころをするどくひろいあげている点も作品を一層おもしろくしている要素。

ゴビ砂漠

作品のなかで、主人公の劉邦は、基本的には項羽よりもおとった人間として描かれている。そのような描写は非常におおい。たとえば、蕭何の劉邦評-「大ぼらふき。何をやったという事もないろくでなし」。
そのため、ついついそうした先入観をもってよみすすめてしまうが、ところどころ劉邦の凄味にはっとさせられる場面も。
劉邦をなめてかかってはいけないことを自身にいましめた陳平のつぎの言がその象徴。
(どうせ馬鹿だろうが、ただ馬鹿にするとひどい目にあいそうだ)

劉邦は後に自身の臣下にくわえるような人物たちからもボロンチョンに酷評されているのだが、もちろんそれだけではない。
やはり、目に見えない、気づきにくい特長があるのだ。下巻よりひとつ引用する。
「項羽が天下に誇示するところは勇であった。 ~中略~ 勇というのは結局、戦術規模の行動しかとれないのであろうか。
これに対し、劉邦という弱者の場合、考えだすことは戦術ではなく、戦略しかなかった。
劉邦は大きな網であり、項羽はするどい錐であったということがいえる。」

現代のCEO・社長のような矜持も劉邦はもちあわせている。
部下の韓信がなかなか援軍にこないで独立したかのようなおおきな勢力を保持しても彼を責めなかった。
責めたら敵に寝返られてしまうからだ。
また、陳平から調略のための軍資金として金の提供をもとめられたときの対応もカッコいい。
陳平の希望は黄金1万斤だったが、劉邦は4万斤をあたえ、「自在にせよ」と全面的に信頼した。器のおおきさを魅せた印象的場面である。

東大阪市に著者・司馬遼太郎の記念館がある。なんと、安藤忠雄氏による設計!
内部は宇宙センターを思わせるような壮観さ。城壁のような本棚に圧倒されしまう。
記念館へは、近鉄奈良線の「八戸ノ里」駅から行くのが近道
駅前のロイヤルホストで腹ごしらえしておくといいだろう。

これまで、いちども人間の不思議さにひかれなかった人はひとりもいないだろう。本書では、劉邦がその象徴となっているものの、かれ一人ではそのような宇宙を創成できないのも事実。やはり、人間そのものの不思議さを存分に魅せた点が本書の醍醐味といえる。
文句なしにおもしろい。

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クイズ

クイズ: 劉邦の"邦"は、およそどのような意味か? 三択
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