『海の史劇』の感想

海の史劇(新潮文庫) Kindle版

日本艦隊がロシアのバルチック艦隊をさんざんに打ち破った日本海海戦をストーリーの柱にすえ、日露戦争の全容をドラマチックに綴った史書である。
ロシア艦隊は1万8千海里(3万3千キロ)の大航海を無事に成し遂げて日本近海まで到達した。当時としては偉業である。
しかし、肝心の海戦では完膚なきまでボコボコにされてしまう。この極端な対比が本書の醍醐味だ。

地球儀

子供のころに「戦艦大和」や「ティーガー戦車」などのミリタリー系・プラモデルを作った方であれば、すんなりと本書に没入できるだろう。

基本事項をおさらいすると、日本海海戦は東郷平八郎率いる日本連合艦隊が、対馬海峡沖でロシアのバルチック艦隊を一方的に打ち破った戦いだ。日露戦争の天王山であり、戦争全体の帰趨を決した。

本書の主人公は、バルチック艦隊を率いるロジェストヴェンスキー少将いえる。
ロシア本国の(現場のことを知らないであろう)えらいさん達からイチイチ了解をとりつけることに非常なストレスをかかえており心労が絶えない。

バルチック艦隊の最大の懸案事項は動力源の確保であった。この20世紀初頭、各国軍艦の動力源はまだ石炭なのだ。
日本海海戦は、有名なタイタニック号の沈没事件よりも10年ほど前のできごと
ロシア側が本国から日本近海まで到達するために準備した石炭量が圧倒的。およそ24万トンである。これは、重油、弾薬を満載した戦艦大和3隻分ほどに相当する。
-「乗組員たちは、東洋への回航が石炭との戦いであることを知っていた。」-
ちなみに、戦艦大和と当時の日露戦艦とをならべて比べると、恐竜と羊くらいの差がある。

石炭

海戦がおわって、ロシア側のロジェストヴェンスキー少将は日本の病院で療養中に東郷平八郎の来訪をうける。
その訪問がおわり、東郷が去ったあとの病室で少将がどんな心境だったか。ここに最も想像力をかきたられた。
常人の何倍もの心労を味わいつづけ、戦場では死の淵をさまよい、そして今、日本本土の病室でひっそりと横たわっている。 こんな劇的な体験のあと、人は何を想うのだろうか。今のわたしには少将の心境は想像もつかない。
ひょっとしたら至高体験のような感覚につつまれて幸福な時間だったんじゃないかなぁ、とあれこれ思ったりもする。
想像の愉悦にひたれる名場面。

著者の吉村昭氏の記念館が東京にあるとのこと。
一度は訪れてみたい。

司馬遼太郎の小説のように人間の内面をとらえた描写はすくない。
類推をくわえず史実に忠実にあろうとしすぎたせいか、迫力不足の感もなくはない。読後に何かしら物足りなさはのこる。
それでも、現代の日本人の記憶からほぼ忘れ去られた歴史に焦点をあてた本作品は貴重。

ポーツマス条約

先日、ポーツマス条約の調印式に使用された実際のテーブルを目にする機会があった。
場所は愛知県犬山市にある明治村。
フランクロイドライト設計の帝国ホテル中央玄関の中を見学した際にたまたま展示されていたのだ。

また、明治村では実物の石炭を目にすることができた。園内に蒸気機関車が走っている。

外部リンク

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